通訳ガイド当校合格者永桶 隆雄さん
2008年度通訳ガイド試験当校合格者

<自己紹介>

私が英語に興味を持つようになったのは中学1年生になって英語の授業を受け始めてからでした。当時、英語の担当だった宮地陽二先生がとても立派な先生で、私も先生のような人間になりたいと思っていました。(3年程前の同窓会で別の先生から、"宮路先生はまだ健在"と聞き、会える機会があれば会いたいなと思いました。)当時英語の時間に、英語の教科書の文章を外人が吹き込んだレコードを良く聞かせてもらい、大変刺激を受けました。
私は大学で工学系を専攻していましたが、英語に興味があり、選択科目として"英語特殊講義"を受けました。これは外人の講師による英語の授業で、文系・理工系を問わず募集があり、競争率が高かったのですが運良く受かり、その授業を受講できました。当時工学を専攻している人は、英語に興味のある人はあまりいませんでした。その後卒業して大手の電気会社に入社しましたが、配属された部門は研究所で以降、開発部門、技術部門で仕事をしてきました。入社以降、英語との係わり合いは、技術英語で論文を読んだりはしていましたが、英検で出題される会話調の英語(含 ヒアリング、スピーキング)とはかけ離れていました。しかし、業務も離れてコツコツ英検などを勉強し、1979年の頃、英検1級の一次に合格しました。しかし2次試験(ヒアリングとスピーキング)は力不足で2回のチャンスに不合格でした。この時、会社に申し出て、業務で英語を使う部門に転職してもらうか、そのまま技術部門で働くか大いに迷いましたが、技術部門の仕事を選びました。
その後もコツコツ勉強を続けていましたが、1988年転機がやってきました。当時所属していた部門で海外パソコンの開発(設計は米人技術者、量産は日本の工場、出荷先は米国)が始まり、私はそのメンバーの一人に選ばれました。この時の経験が私に異文化交流に興味を抱かせると同時に、国家資格として通訳ガイドを知り、強く意識するようになりました。しかし、この業務も2~3年で収束し、以後国内パソコンの開発に主力が注がれるようになっていきました。この経験が生きて、1991年英検準1級に合格することができました。国内の業務に主力が注がれる様になってから、業務上英語との係わり合いはほとんどなくなっていきましたが、英語の勉強だけは"コツコツ"続けていきました。2000年頃から会社もバブル崩壊を受け、業務が悪化していき、私も将来に不安を感じて何か資格を取っておかなければ・・・と思い始めました。当時私には"弁理士"と"通訳ガイド"の二つの選択肢がありました。入社以来、永らく研究、開発部門で働き、特許も10件以上取得し、弁理士に通じる社内資格も取得していました。迷った末に"通訳ガイド"資格の取得を決めて、2001年度富士通訳ガイドアカデミーの門をたたき、1年間週2回の通信コースを受講しました。その後、2006年度と2007年度も同じコースを受講しました。

1.1次試験英語対策

1次対策教材は、市販の参考書のような堅苦しいものではなく、知念先生の長年にわたる経験が凝縮された手作りの教材で、学ぶ人の立場を考えた素晴らしいものでした。手作りであるが故に至る所に人柄・熱意を感じ取る事が出来、非常に安心感を覚えました。私は通信コースで、週2回分の資料が送られてくるのが楽しみでした。(当時カセットで受講)2001年度受講時は、精読用英文は非常に難しく感じられました。つまり言わんとする事が全く理解できなかったり、言わんとすることが解ったとしても、それを適切な日本語、誰もが解る言葉で表現する事が出来なかった部分も多々ありました。
小論文は、精読用英文に比べて言わんとする事が全く理解できなかった部分は少なかったと思いますが、いわゆるこなれた日本語に表現する事は難しかったと思います。作文も自分なりに書いて提出しましたが、赤く修正・訂正されたりする事が多く、自分の力のなさを痛感していました。
リスニングはテープレコーダーに録音して繰り返し聞いたりしていました。単熟語集・時事単語集もコツコツ単語を覚えていきました。特に時事単語は、あいうえお順になっているのをジャンル別にまとめ直したりして、語彙数を増やしていきました。2002年勉強の結果、1次試験に合格しましたが、2次試験は不合格でした。(当時は1次・2次・3次試験までありました)2006年度、2007年度に受講した時は自分の実力もある程度についてきて、精読用英文は言わんとすることが全く解らない部分は極端に減りましたが、言わんとすることが解ったとしても、それを適切な日本語で表現する事は難しい状況でした。この時期の勉強法は、精読用と小論文の英文については、まずノートに自分なりの訳を書いてみる。それから送られてきた先生のCDに録音された解説を聞き、解説文を読み、間違えた部分より優れた解釈がある部分は赤で修正、訂正する事をしました。
その結果、模試でも上位にランクされるようになり、自信がついていきました。

2.1次試験社会科対策

私は昔から社会科には興味がありこの3科目ともあまり苦労なく覚えることが出来たと思っています。
地理は市販の国公立公園がカラーで掲載されている本を補助本として利用しました。先生のまとめられた資料を基本にして楽しみながら勉強をさせて頂きました。
歴史も山川日本史教科書(カラー版)で楽しく勉強をさせて頂きました。
一般常識はジャンル別に分類して、毎日の新聞をていねいに読み、参考になる部分があれば切り抜いたり、メモ出来る部分はメモをして先生のまとめられた資料に肉付けをしていきました。過去問からはその出題された問題に関係のある事柄まで範囲を広げて勉強をしました。これらの勉強を通して、日本に関する知識を随分得ることが出来、見識を広げる事が出来たと思っています。自分の人格形成に大きな役割を担ってくれたと思います。

3.2次試験対策

2次対策は、外人のベテランの先生から直接生きた英語を学ぶ事が出来ました。2006~2007年はブラウン先生の厳しい授業やグラスホッパー先生、プロパー先生や他の先生から、それぞれ別の角度からの生きた英語を学べたと思います。テーマは非常に多岐にわたり勉強するのに大変でしたが、日本事象(例えば日本の地理・歴史・伝統文化・芸能・スポーツ・教育・外国人から見た日本人のへんな所、外国人が日本の生活を体験する上で守ってもらいたい事など枚挙にいとまがありません)について、自分なりに数行のコメントが言えるように口を動かして練習をしました。
後輩に勧めたい事は、色々なテーマについて、人の書いたものをそのまま丸暗記するのではなく、キーワードははずさないで自分の考えた、自分の納得した言葉で言える様に練習したほうがよいと思います。最初は難しいかもしれませんが、オリジナリティを出すようにする事を勧めます。あとは、色々なタイプの外人の先生と多く会話の機会を持つ事を勧めます。いわゆる"場慣れ"をする事だと思います。

4.これから受験される方へのアドバイス

知念先生を、知念先生の作成された教材を、富士アカデミーを信頼して、知念先生の海よりも深い情熱を感じ、宇宙よりも広い包容力に抱かれて、自分を信じて真面目にコツコツとあきらめずに勉強を続けていけば合格は間違いなく、合格したあかつきには単に合格の結果だけではなく
*「その過程」で得たものがどれだけすごいものだったか、実感できる事は間違いありません。通訳案内士試験の合格を目指して勉強する事が、その過程において何物にもかえがたいものを手に入れる事が出来る事だと言う事を、あなたも早く気付いて、1日でも早く1時間でも1分でも早く富士通訳ガイドアカデミーの門をたたき、我々の仲間となられる事を強く望んでいます。
*「その過程」で得るものの例としては、自分の可能性にチャレンジし、あきらめないで最後に合格した時の爽快感、多くの異なる仲間(サラリーマンであれば他業種の人々)とその友情など、人生の幅を大きく広げてくれ、未来の可能性が大きく広がります。

5.富士のよかったところ

(1)受講料がリーズナブルであること。
(2)教材がガイド試験の全てを知っている知念先生の手で作成された手作りで、親しみ易く知念先生の解説が微に入り細に渡って痛い所、かゆい所にも手が行き届いていること。
(3)成績上位者(上位10名)に入ると500円の図書券がもらえ、これが結構励みになったこと。
(4)受付の方々にも親切にサポートして頂いたこと。
(5)2次対策の外人講師も親切で親しみ易かったこと。(昨年(2008年)の2次特訓コースでプロパー先生始め、数人の外人講師の人々の授業を受けたが、大いに自信をつけることができました。)
(6)知念先生の解説が単に英文の解説だけではなく、いつのまにか人生論にまで及んでいる事。これは個人的には本来の解釈から脱線しているというよりは、その解釈が拡大していると判断しています。