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高木さん

高木 聖久さん

富士アカデミー
2008年度合格者
通訳ガイド免許番号(登録番号)神奈川県EN01266号

自己紹介

某大手建築設備メーカーを今年定年退職。本来組織に縛られるのが苦手な性格で定年後に通訳ガイド業を開業しようと3年前から勉強を開始し今年やっと合格。

<私のモットー>
人生80年の時代を向かえ、60歳から先は自分の好きな仕事を好きなやり方でできる続けていきたい。

旅行の概略

ヒルトン東京ベイ発着で、マイクロバスによるツアー

日程: 6月23日(日) 9:00〜19:00
お客様: インドネシア人3家族13人
*中国系インドネシア人のため、宗教的な意味での食事の制限はなかったが、子供さんひとりが重篤な乳製品アレルギーを持っていうとのことであった。
訪問箇所: 富士山5合目、芦ノ湖クルーズ船
*当初の予定は、+大涌谷とロープウエイ

ガイディングの実際

9:00にヒルトン東京ベイ出発の予定で、8:45にホテル到着しバスドライバーと混雑状況確認とルートどりなどを事前打ち合わせ。中央道経由で富士山に向かう。
世界遺産指定の翌日の日曜日でもあり予想通りの渋滞。五合目到着は12:30。
五合目に到着するや否や、各休憩所の客引きが殺到! どこの休憩所でも同じなので、お土産をくれるという休憩所に向かう。 さっそく昼食としたが、運よくメニューが写真入りで英語表記してあったためミルクアレルギーの子供の安全食を簡単に選ぶことができ助かった。
*安全な、山菜そばを注文。
富士山から箱根に至るルートも渋滞しており、当初予定していた大涌谷とロープウエイをあきらめ、クルーズ船に乗船。 終日ツアーだったもののたった2カ所の訪問で終わり帰途に就く。
帰りも事故渋滞にあい、ホテル帰着は予定を1時間オーバーし7時となってしまった。
*バスツアーではいつもそうだが、首都高通過中は説明することがいくらでもあるが、郊外に出ると話すことがなくなる。今回は話好きな大人4名が私の周りに座り終始日本の文化や自称などについて雑談ができ、子供たちはお母さんと一緒にゲームしたり歌を歌ったりなかなか和やかなツアーだった。

ハプニング

9:00ちょっと前に、顧客の名前を書いたボードを持ってホテルフロント前に立ったものの10分過ぎても現れず、部屋に電話確認。ちょっと遅れるとのことで待ち続けることさらに10分。
やっとあらわれたものの、もう少し時間がかかるとのことで朝食会場に連れていかれ、しばらく雑談しツアーコースについて下打ち合わせ。結局、出発は40分程度遅れた。
ただでさえ、タイトなスケジュールであったが、この時点で予定通り回ることはほぼ不可能に。

新たな発見

インドネシア人ながら、子供たちは親以上に英語がうまく、(聞いた感じではネイティブ並)、お互いも英語で会話していた。それはそれでいいのだけれど、大人はガイドの英語の技量に合わせて話してくれるからいいものの、子供はそんなことお構いなしにぺらぺらと速射砲のように話しかけてきて結構つらいものがあった。

面白い質問・意外な質問・難問・珍問

このツアーで特に準備したこと

このツアーで特に配慮したこと

バスツアーなので、長時間の移動中にお客様を退屈させないこと。
車窓からの景色を常に話題に。
田んぼ、ゴルフの打ちっぱなし、競馬場、ダム、民家、果樹園。。。

旅を終えた感想

バスツアーは旅程管理の大部分をバスドライバーと共有できるので、お客様とのコミュニケーションに専念できることが良いし、暑いときは体も楽である。
多くの場合、お客様はいい人たちばかりだが、今回も楽しいツアーができた。

私のお勧め観光スポット

裏原宿(ここは、アジア系、欧米系を問わず喜んでもらえる)
町中にある普通のラーメン屋、蕎麦屋、定食屋。

Short Essay

勉強中の後輩へ励ましの言葉

面白い仕事です。
生活できるほどの収入を得るのはなかなか大変ですが、生活を豊かに変える程度の収入は得られますよ。仕事を続けていると、紹介や口コミに基づく引き合いなども増えてきますし、自分自身でもガイドとしての力量が上がってきていることが自覚できます。
この仕事は一種の職人みたいなものですから、失敗も成果もすべて自分に帰するわけでやってて面白い仕事です。
勉強中の皆さんも早く合格して一緒に仕事しましょう!

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